なぜ経営者はときとして諦めることが大切なのか?

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「諦める」というと、消極的な逃避のように感じてしまうかもしれません。

自律的な言葉に言い換えれば、「見切る」「選択と集中」ということでしょうか。

 

経営計画を立てるときに大事なことは2つ。

 

何をやるかというアクセル。

そして、何をやってはいけないかというブレーキです。

 

捨てること。捨てることを受け入れること。つまりは「諦める」ことです。

 

ブレーキ=停止条件を決めていない経営計画は、

経営計画として機能しないと私には感じます。

 

私が税理士試験を受験しているとき、

合格するための見切る技術を知りました。

 

当時の最年少合格者の体験発表を聞いて、合格のヒントを得たのです。

今考えると、正に見切る技術でした。

 

合格ラインが70点だとすると、80点を獲得する答案を作れば良い。

 

受験する人はみんな、必死に100点満点を取ろうとしてしまう。だから落ちる。

 

80点を目指す戦術こそ、合格する方法論なのだとわかったのです。

 

答案練習で必ずすることがありました。

 

試験が始まったら、問題の全体をざっと眺める。

問題には3種類しかない。この分類をします。

 

①    合格レベルにいる全員が正解を得られる問題 

②    当落が分かれる問題 

③    最上位レベル者しか答えられない問題。たまたまそのことを知っていた人だけが答えられる問題。つまり当落にはほとんど関係ない問題 

 

ざっと読んで③の問題は捨てて、適当に答えを書いておけば良いのです。

 

この3種類を瞬時に見切れるようになったら、合格は近い。

 

戦術とすれば、①と②で確実に点を取れば合格点に達します。

 

答案練習会では、このことを頭に叩き込んで、必死にその腕を磨きました。

諦め、見切りができると、合格は近づきます。

 

試験の合格も事業も、手段であり人生の通過点です。

 

自分の人生を幸せにするために、人生を有意義に送るために

仏教の教え「諦め」があります。

 

僧侶の釈徹宗さんは、仏教の奥義は「諦め」、

言い換えれば「現実を受け入れること」だと言います。

 

私たち人間は、それぞれ生まれ落ちた境涯そのものが不公平ですし、

元来仏教は、私たちは無常の世に生きていると教えています。

 

自らの人生の意義を真面目に突き詰めて生きてきた人に限って、

「自己実現しない人生はダメなんだ」ということになる。

 

苦しみを生み出すのは、

思いどおりにならない現実を受け入れられない自分自身ということになります。

 

「生きるというのは、思いどおりにならない事態を引き受けねばならないということ」(釈徹宗)。

 

幸せに生きるということは、現実を直視することです。

どうしても思いどおりにならないことも、受け入れなければならない。

人生も経営も同じことですね。

 

ビジネスの成功打率とは、どのくらいなのでしょうか。

 

私が仕事を始めた20年以上前。

当時、日経新聞社から『会社の寿命』という本が出ていました。

 

当時でも、会社の寿命は20年で良い方でした。

現在ではもっと短くなっているでしょう。

 

生き残り成功した経営者は、声を発することができます。

しかし失敗し消えていく経営者に、自らのことを声にする人はいません。

 

毎日マスコミが話題にする経営者は、そのほとんどが成功した人です。

何も言わず、声も発しないで消えていく経営者がどれだけ多くいることか。

 

ビジネスから少し視野を広げてみれば、イチローでも打率3割で天才です。

打率が3割に戻ると、メディアが話題にします。

 

「3割」という数字は、考えてみればとてつもなく素晴らしい数字なのでしょう。

あの天才・イチローでも、10回打席に立てば7回は失敗するのです。

 

凡人の私たちは、イチローではありません。

 

一回経営を失敗しても、次の打席にも立てるように

準備をしなければいけないのです。

 

すべてを失ってしまうような失敗は、絶対に避けてください。

 

ビジネスが上手くいかなければ、球団を変えれば良い。

球団を変えるということは、私たち経営者にとっては、

ビジネスモデルを変えるということです。

 

すべて「次」があるように、今を捨てなければいけないのです。

幸せになるようにして、捨てなければならないのです。

 

なぜなら私たちは、幸せになるために生まれてきたのですから。